
朝から、我が家のある仲町町内会の一員として、地元の秋葉山と山頂の秋葉神社(正式名:白髭秋葉神社)の奉仕清掃に参加しました。
標高55㍍の山全体が公園として整備されている地域住民の憩いの裏山は…中腹に群生する4000株もの色とりどりのアジサイでも超有名で、そろそろ見頃を迎えます!(*‘ω‘ *)
この山と神社は古来、ご先祖様たちの生活を見守り、支え、養ってくれた神の山です。江戸時代は、参道で美人に化け、旦那衆をだまして喜んだ女狐の〝白髭おこん〟や、人々を怖がらせて飲み込んだ白い大蛇が棲んでいました。
ワタシが子どものころには、大きな本殿がありましたが、今は祠だけです。それでも、鳥居の脇には…古びた石の手水舎が残っていて「明治五年(=1872年)五月吉日」に、川崎町(=現牧之原市)の「三村奎久蔵(きくぞう)」さんが奉納したことが刻まれています。
そして、その反対側に幅120cm、高さ80cmほどの巨大なシャコガイが飾られているのですが…こちらには何の刻印も説明板もありません。「いったい、いつ、だれが、何でこんなところに置いたんだろ?」と、ずっと不思議に思っていたんですが…
「ケンジ! そりゃあな! 東南海地震の時に、若い衆がみんなで海から拾ってきたらしいぞ!」と物知りの向かいのHさんが、したり顔で話し始めました。
曰く…1944年(昭19)12月に、三重県南東沖を震源として発生したM7.9の大地震で、この辺りは最大震度6(=当時の最大階級)の揺れと最大で約2.5mの津波を観測。太平洋戦争中の情報統制のため、ほとんど報道されなかったものの甚大な被害を受けたそうです。
そして、その時の津波の前の引き潮で遠浅の海岸線が何10mも後退して、広大な海底が露出して大量の魚介類がピチピチ&転がっているのを見た向こう見ずな住民たちが、大喜びで走って拾ってきたのだというのです。
「ホントですか? 危ないでしょ?」「ホントだよ! じいさんに聞いた。『津波が来るから高台に…』だなんて、昔は言われなかったんだよ」「その後の津波に驚いた人たちが、海が見渡せる山頂に置いたんですね?」
「そういうこと」「貝殻を飾る前に貝は食べたんですかね?」「そりゃ美味しく食べたら! ひょっとしたら…でっかい真珠が入ってたかもしれんよ!」「海の底では、人魚が座ってたかもしれませんね?(笑)」「貝殻から『海に帰りたい!』って声がしたとか?(*´ω`)」
太古から、民話や昔話は、こんな感じで始まって中身が膨らんで…後世に伝承されていくのでしょう!(笑) そんな楽しい過程を体感できました!( ´艸`)

障がいをものともせず、技術と精神を競い合うアスリートたちによる国内最高峰のサーフィン大会『JAPAN OPEN ADAPTIVE SURFING CHAMPIONSHIP』が、今年も5月28日(木)から本日31日(日)まで、牧之原市が誇る日本初のサーフィン専用人工波プール『静波サーフスタジアム』で開催されました。
公務の合間を縫って、表彰式とその後のバーベキューパーティーに顔を出させていただきました。
「障がい者スポーツへの理解促進」「共生社会の実現に向けたメッセージ発信」「静波サーフスタジアムの社会的ブランディング や地域活性化への貢献」…といったステキなコンセプトを掲げた大会に、6カ国51名の選手たちが11のクラスで頂点を目指して競い合いました。
国際協会から、来年度はワールドツアーの大会への〝昇格〟を打診(=招待)されたそうで…それが実現すれば、世界中からさらに多くのトップ選手が静波サーフスタジアムに集結することでしょう。
楽しみですね!(*´∀`)♪