
ふと思い立って、掛川市の旧大東町にある高天神城跡に行ってきました。小笠山から続く丘陵の南端に位置する標高265mの鶴翁山に、駿河の今川氏が16世紀初頭、遠江侵攻の拠点として築城したとされる難攻不落の山城です。
断崖絶壁の地形を活用し、四方に伸びた尾根の上にいくつもの曲輪、土塁、竪堀、横堀などで防御力を高めた要塞です。「高天神城を制する者は、遠州を制す」と言われた堅城で、戦国時代末期に、武田氏と徳川氏が激烈な争奪戦を繰り広げたことで有名です。
ワタシは、高校時代は世界史専攻だったので、大人になってからもずっと疎かったのですが…40代で地元に帰ってから、大河ドラマや歴史小説、郷土史等で、年々興味を膨らませていたのです。願いが叶いました。
その凄まじくも興味深い戦乱の系譜や悲哀の物語は、みなさんにそれぞれネットやYouTube等でお調べいただきたいので割愛しますが(笑)…とにかく、五月晴れの素晴らしい天候の下、次々に現れる史跡や絶景に魂が震えるほど感激しました!!
想っていたより、はるかに急峻な山道だったため、革靴で来てしまったことを後悔しましたが…もう滑ったり、転んだりすることもなく、3月の負傷からの順調な回復を改めて実感しました。もう大丈夫です!

高天神城跡から約10km南西にある掛川市の旧大須賀町の横須賀城跡にも、行きました!! こちらも、はるか戦国の世の風情を今に伝える素晴らしい城址です!!
武田氏の配下にあった高天神城を奪還する拠点として、徳川家康が1578年(天正6)、家臣の大須賀康高に命じて築いた平城です。
天竜川から運ばれた玉石を用いて築城され、石垣、堀、土塁などが残る城跡は、公園として整備され、国の史跡に指定されています。
1581年に落城した高天神城がすぐに廃城された後も、280余年に渡り遠州横須賀藩の象徴だった横須賀城は、明治維新まで20代もの藩主の居城として栄えました。
18世紀初めまでは、城の手前まで遠州灘の海水が深く入り込み、三方が入り江や沼や深田に囲まれた天然の要塞&物流の拠点でしたが、1707年の宝永地震で地盤が隆起してしまい、船が城内へ直接入れなくなってしまったそうです。