
私の住んでいる牧之原市静波区の全域を氏子地域とする古社・服織田(はとりだ)神社の『令和8年度氏子会総会』に、今年もご招待いただきました!
服織田神社は、第12代景行天皇の7年(西暦77)に勧請されたと伝えられ、延長5年(927)に編纂された神社一覧『延喜式神名帳』に記載されている由緒ある『式内社』です。
来年は…『創建1950年』を迎えるということで『奉祝記念事業』か企画されていることなどが、川村宮司から発表されました。また、本日選任された氏子会の渡邊新会長は、私の同じ仲町町内会の元町内会長。父の代から大変お世話になっている素晴らしい人格者です。
令和に入ってから、疫病(コロナ)や風水害、戦火も物価高騰が立て続く、不安定な世界情勢ですが…新体制で臨む新年度のこの地域が、平和で災害のない実り多き年となることを祈っています。
さて…総会後の帰り際、社務所の大広間の入口に掲げられている写真の残る最古の氏子総代の曾祖父・大石仙作翁が、いつものように険しい顔で私を見詰めていました。
ふと…昭和初期に、この地域を代表する大茶商にして、牧之原市(旧榛原町)の前身・川崎町の名町長と呼ばれ、今の我が家の礎を築いたひいじいさんが、いったい何歳まで町長だったのかが気になりました。
帰宅して、家に残る戸籍謄本や息子が調べてきた叙勲記録等を、初めてしっかり照らし合わせたら…驚愕の事実を知ることになりました!(^^;))
明治12年(1879)2月生まれの仙作翁は、昭和15年(1940)8月、4期目の当選翌年に満61歳で亡くなっていたのです。死因は未詳ですが…。
「ということは…肖像写真も、町長選当選日の写真も、間違いなく今のオレより若い時のじゃん!!(* ̄∇ ̄*)」
日本人男性の平均寿命が『約47歳』だったという太平洋戦争直前の86年も昔の時代とはいえ…単純に今の自分と曾祖父の享年だけを比べれば、ショックはショックです!(;´Д⊂)
「1日1日を大切に生きよう!」「健康には、もっと気をつけよう!」と思いました。そして今、私の頭の中を「明日死ぬかのように生きろ。永遠に生きるかのように学べ」 というマハトマ・ガンジーの名言が、駆け巡っています!

今年も、明日4月26日(日)に『第48回さがら草競馬?』が、さがらサンビーチで開催されます! みなさん必ず、来てください!(^o^)/
日本で唯一、砂浜での円周コース(1周700m)で行われる草競馬(=浜競馬)として知る人ぞ知る、白砂青松の相良の海で繰り広げられる春の風物詩のレースです!!
午(ウマ)年の今年の話題は、北海道・帯広市から、こちらは世界唯一の体重1トンの農耕馬?が鉄のソリを曳いて坂道を走る『ばんえい競馬』の〝ばん馬〟1頭が、デモンストレーション参加してくれることです。
昨年9月の竜巻災害で大きな被害を受けた牧之原市を元気づけようと、ばんえい競馬を主催する『ばんえい十勝』を始め、多くの関係者のみなさまのご支援とご尽力で、今回の夢のコラボが実現したそうです!
開催を翌日に控えた本日午後、準備状況を確認しようと現地に伺ったのですが…すでに、大会実行委員や市役所職員、まきのはら活性化センターや市民ボランティアら約20名による砂浜や看板やテント等の整備や作業は終了していました。
すでに人影はほとんどありませんでしたが…準備は万端に整っていて、明日のレースが本当に楽しみです。心配は天候だけですが、どうやら日中は曇りのままで持ちそうです!(´▽`)
ワタシが記者時代の2009年、思い入れたっぷりに大特集した渾身の紹介記事の本文の書き出しです!(* ̄∇ ̄*)
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青い海が白く砕ける波打ち際を、地響きを立てて馬たちが駆け抜ける。かわいいポニーから、中央競馬で活躍したサラブレッドの往年の名馬までが、一心不乱に砂浜を走る。
観覧席と馬場の間には、申し訳程度にロープが張られているだけ。砂を蹴りながら、目の前を走り去る競走馬の迫力に、ただただ圧倒される。
本当の競馬のように金銭は賭けないが「さがら草競馬」には、見る者を感動させる魅力があふれている。