
「人は忘れる生き物である」というドイツの心理学者の名言があります。記録に残しておかなければ…いや、残しておいたとしても、それを目にしなければ、情報過多の現代では誰もがどんどん忘れていきます。
これらの写真は、今回の竜巻災害のものではありません。4年前の2021年5月、同じ牧之原市の別の複数の地区が、当時も〝未曾有の〟と報じられた竜巻で甚大な被害を受けました。今となっては、今回よりははるかに小規模だったのですが…
あの時も、全県…いや日本中から、東日本大震災以降覚醒した素晴らしいボランティアさんたちが、駆け付けてくださり、短期間で被災地の瓦礫を片付けてくれました。私の旧知の専門家集団は壊れた屋根を直し、我々政治家は、国や県から再建支援金や低金利の制度融資を持ってきました。
今回、牧之原市役所や市社協、全国規模のボランティア組織がしっかりと連携し、極めて短期間で復旧や被災者支援に向けて一致団結して動けているのは、間違いなく「前回の経験とノウハウの蓄積があるからだ」…と私は思います。
竜巻災害は、他の自然災害と違い、被害の範囲がとても局地的・限定的であるのが特徴です。地震や津波や河川の氾濫は広域に渡りますが、竜巻の場合は被災家屋から数mでも、無傷な家がほとんどです。完全に運・不運の世界なのです。
この場合、近所の方は同情し献身的に復旧作業を手伝ってくれます。近くの親戚や友人は、途方に暮れる被災者を受け入れてくれるのです。日本人の〝共助〟の姿勢は、素晴らしいことです。
しかし一方で、行政が用意した避難所は、被災の深刻さに見合わぬほど閑散としています。一般に全国ニュースになる規模の災害発生時の一番の課題は、避難所で眠れぬ日々を過ごす被災者の支援ですが、被害が局地的ゆえに、友人・知人・親類縁者だけが受け入れてしまいがちになります。
他の大災害であれば、水や食料、衣服やお風呂、肉体的・精神的ケア等など、一般の市民ボランティアが活動できる内容が山積みなわけです。しかし、竜巻災害は特殊です。被害は深刻なのに、被災者のニーズ、困窮している姿そのものが、しっかり見えて来なくなるのです。
こうなるとマスコミを始め、世間は現実を急速に忘れていきます。人間は感情で動く動物だからです。誰もが常に〝喜怒哀楽〟の刺激に晒されている現代のIT社会で、継続した被災地支援や復興活動を目指すためには、忘れさせてはなりません!!
前回の竜巻災害から、牧之原市は急速に立ち直りました。工場やビニールハウスの倒壊を乗り越え〝奇跡の醤油〟や〝復興のシャインマスカット〟といった新たな特産品も誕生しました。
はるかに被害が甚大な今回は、再興するにはさらに多くの努力や協力、熱意が必要です。絶対に蘇らせなければなりません。だから、私はこれからも信念を持って、全国に全世界に〝故郷の今〟を発信し続けます!

3日ぶりに、地元の竜巻被災地に戻って来ました! 吉田町の『はぁとふる』に開設されたボランティアセンターの手伝いに行きました。
時おり激しい雨が降り、被災家屋の壊れた屋根や壁からの雨漏りや浸水が、とても心配でした。本日、シート張り等の専門家以外の一般のボランティア活動は中止ですが…こういう日だから、集中してできることもあります。
私の榛南ライオンズクラブの大先輩で、能登半島での献身的支援を通じ、今や被災地支援のエキスパート・吉田ライオンの仲介で、静岡市の静岡けやきライオンズクラブから「ボランティアさんの飲み物用に…」と、新品の『フリーザー(急速冷凍機)』が届きました!
牧之原市片浜の杉本シートさんは、ボランティアの受付や資材置場用に、簡易テントを持参してくださいました。牧之原市と吉田町のボラセンに、計10張も無償で貸与してくれています。
吉田町議会議員で島田ライオンズクラブの平野会長と一緒に、運搬作業等を行いました。高校の同級生で吉田町民、現在は静岡県社会福祉協議会の河本事務局長を見つけ、一緒に写真を撮ってもらいました。
志を同じくする仲間や同志がスクラムを組んで、故郷の復興に邁進します!!