
理事を務める『公益財団法人培本塾(ばいほんじゅく)』の理事会に出席しました。
以前も書きましたが…母校の静岡県立榛原高等学校の前身・旧制榛原中学の第5代校長だった小田原勇先生によって86年前、学校からほど近い龍眼山の麓に創塾されました。特に私より上の世代の卒業生にとっては、敷地内の築50年の塾舎も42 年前に建てられた宿泊施設「榛の木会館」とともに思い出深い名前と場所です。
しかし、21世紀に入り、少子化による生徒数の減少や学習カリキュラムの多様化等で利用が激減。コロナ禍の中で榛原高校が創立120周年を迎えた一昨年、ついに学校側から「高校教育に関わることについては、今後利用の予定はなし」という最終方針が示されました。
そんな中、かねてから老朽化の著しい1972年建設の塾舎(会館)の敷地の一部が、2016年に県の『土砂災害警戒区域』に指定されたことから、将来的な法人事務所の移転を含め、理事会で検討が重ねられてきました。
当初、理事会としては「土砂災害警戒区域内での建て替えは不可能」という認識でしたが、先日、私が県の担当課を呼んでに詳しく話を聞いたところ…「もっとも危険な区画を避けたり、土石の崩壊を防いだり食い止める対策を行えば、建替えは可能である」ということが判りました。
榛原高校自体、校舎(教室)、講堂、体育館などほとんどすべての施設が老朽化&狭隘化し、吹奏楽部や美術部等の文化部を始め多くの部活動の練習に支障が出ているわけですが…県教育委員会の使える県立高校の建て替えや増改築への予算は限られていて、いつ順番が回ってくるのかは定かではありません。
培本塾会館の建て替え話が、今後の榛高生の学校生活(…と地域住民)にとって有益で夢のある構想につながるように、議論を前に進めていく必要性を痛感しました。


劇的な決勝戦から半日以上が経っても…まだ感動と興奮が収まりません!!
間違いなく史上最高、最高にスペクタクルなワールドカップ決勝でした!
36年前のメキシコ大会の決勝戦。超満員のアステカスタジアムで、強豪西ドイツと対戦したマラドーナ率いるアルゼンチンは、やはり後半途中まで2-0のリードを奪い、勝負あったと思われた所から、相手の驚異的な追いつかれるという最悪の展開でした、
あの時は、延長突入かと思われた終了間際に、マラドーナからのスルーパスを盟友ブルチャガが合わせて決勝点。2度目の世界王者に輝きました。
今回も同じ展開。。さあ2点目と同じく「メッシのパスから…」といういう空気はありましたが、すでに同世代のデマリアは途中交代していてピッチにはいませんでした。。若き大エース・エムバペ率いる前回大会王者フランスの波状攻撃にタジタジとなり、誰もが正欣男逆転負けを覚悟したその瞬間に、メッシはなんと自分で押し込んで勝ち越し。。
あきらめないフランスの執念で再びPKで追いつかれて途中した史上3回目の決勝でのPK戦でも、最初に蹴って楽々と成功させて、フランスに傾癒えいた勝負の流れを4度、アルゼンチンに引き寄せました!!!
「歴史は繰り返しながら、書き換えられる。ワールドカップは現在の潮流の映し絵であると同時に、壮大な叙事詩の一編でもある」。尊敬するサッカーライター伊東武彦氏の戦評です。