常在戦場と勝間田城址545年祭
今朝は、牧之原市相良地区グラウンドゴルフ秋季大会に伺いました。
少し肌寒かったですが、風はなく絶好のコンディションでした。コロナ禍もやっと収束に向かい、136人の参加者のみなさんも笑顔でお集まりでした。
いつも以上に、会場のあちこちから声を掛けられ「今回の川勝知事には、やっきりだわ!」「県議会も大変だね? 頑張るさよ!」「また選挙になるだかえ~?」「とにかく無駄な金を使わないようにしてくりょうやい」といった熱いご意見、ご要望をいただきました。
私は、どんな時でも「常在戦場」の気持ちで、生活しています。
『勝間田城址545年祭』に、ご招待いただきました!
一昨年、御城研究家としてご講演に訪れた落語家の春風亭昇太師匠も激賞した絶景の山城・勝間田城の城内跡で、今年も厳粛に神事が行われました。城址の入口では、本日も特製の金文字御城印と御城印帳が飛ぶように売れていました。
ここ牧之原市勝間田区には、平安時代末期から室町時代中期にかけての約340年間「勝間田氏」という豪族が君臨していました。1476年(文明8)に今川義忠に追われ滅亡してから…今年は545年!! というわけです!
コロナ禍の昨年同様、規模を縮小しての開催ですが…古来から疫病や戦乱、天変地異の際にも途絶えることなく、代々祭祀を執り行い…昨今は、市と共に樹木の伐採や草刈りなども行って、中世の勝間田氏が眺めていたであろう景観を再現してくださっている勝間田区のみなさまに、心から感謝いたします。
ちなみに…勝間田氏の一族は、この山城から脱出して各地を転々とした後、富士山の麓の印野(現御殿場市印野)に移り住みました。令和時代の牧之原市には勝間田姓の住民はいませんが…御殿場市印野区では、全118世帯のうち77世帯が「勝間田」「勝俣」「勝又」「勝亦」などの「かつまた」さんです。
先月の御殿場市長選では、立候補したお二方がどちらも「カツマタ」さんということで、全国的にも話題を呼びましたが…「御殿場のカツマタさんのルーツまで解説していた報道がなったのが残念! これを機に日本中に勝間田城をPRしましょう!!」と提言させていただきました。
式の最後には、牧之原市教育委員会の松下善和文化財調査官による『勝間田城続続日本100名城への道』というミニ講演がありました。
日本全国に3~4万もある城の中から、現在までに日本城郭協会が指定した「日本100名城」「続日本100名城」に続き、現在選考作業が進んでいる「続続100名城」に、急峻地形を利用した典型的な山城で、全国に類例をみないノコギリ堀切を持ち、静岡県の戦国時代の幕開けとなった舞台である我らが「勝間田城を登録させよう!!」という壮大や野望を拝聴しました。
ちなみに…知る人ぞ知る〝お城情報WEBサイト〟の『城びと』で「日本100名城・続100名城に負けない名城」の21番目に勝間田城が登場していますよ!!(^^♪ ⇒こちら!!